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Team

Greeting
ご挨拶

監督 小宮 弘明

2022年監督を務めさせて頂きます小宮弘明です。日頃よりWILD ROVERに温かいご声援ご支援を賜り心より御礼申し上げます。昨秋はコロナ禍の中、関係各位のご協力によりまして4試合開催、強豪京大戦を制し10年ぶりにDIV.1で6位となり無事シーズンを終了することが出来ました。また創部83年を迎える歴史あるチームとして慶應義塾大学、立教大学との定期戦を通じて毎年交流を深めています。OBOG、保護者やファンの方々の多大なるご支援により、引き続き施設の充実を計ると共に今年は他大学出身コーチを含め複数フルタイムコーチ等万全の安心安全体制に基づき更なるチーム強化を進めています。まだまだ発展途上のチームではありますが今後ともご声援ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

強力 幹央
主将 強力 幹央

2022年度主将を務めさせていただきます強力です。日頃より多大なご支援、ご声援を頂き誠にありがとうございます。去年度はリーグ戦で一勝することができましたが、その現状に満足するつもりはありません。今年度は更なる高みを目指し、「Go through」のチームスローガンを掲げ、監督、コーチ陣と共にWILD ROVERを1部で勝てるチームにしていきます。私は主将としてこのチームの先頭に立ち、WILD ROVERの歴史を変えることを誓います。ご期待ください。皆様には今後とも変わらぬご支援ご声援の程、よろしくお願いいたします。 

山田 悠護
副将 山田 悠護 

2022年度副将を務めさせて頂きます山田悠護と申します。日頃よりWILD ROVERに多大なるご支援、ご声援を頂き誠にありがとうございます。昨年度は関係者の皆様のご尽力により、厳しい対戦ブロックの中、一勝を挙げることができ、無事入れ替え戦を回避することができました。本年度はスローガン「Go through」を掲げ、何事も全力で最後までやり抜くことを目標に、毎試合全力で戦って参ります。また、本年度は監督、コーチの方々が変わり、新しい環境でのスタートとなります。監督、コーチ陣の方々、選手、スタッフ一丸となり過去最高の戦績を挙げたいと考えております。私は副将として主将と共にチームを牽引し、「Go through」を体現致します。今後とも、変わらぬご支援、ご声援の程よろしくお願いいたします。

渡辺 雅友
副将 渡辺 雅友 

2022年度副将を務めさせて頂きます渡辺雅友です。日頃よりWILD ROVERに多大なるご支援、ご声援を頂き誠にありがとうございます。昨年度は入れ替え戦を回避することができました。今年は入れ替え戦回避はもちろん、それ以上の結果を出さなくてはいけないと考えています。そのため今年は「下位圧倒、四強へ」を目標に掲げました。今年はWILD ROVERが日本一になるための第一歩になる年と考えています。またスローガンを「Go through」として必ずこの目標をやり通します。その為にはこのチームをフィールド外からも変えていきます。フィールドで目立つことが出来る選手でも私生活がだらしないと一流の選手になれないと考えています。これはチーム単位でも同じです。フィールド外でも一流のチームを目指すべきだと考えています。私はon the field off the fieldでも一流を目指し、このチームを主将と共に引っ張っていきます。そして必ず今年の目標を達成します。今後とも、変わらぬご支援、ご声援の程、よろしくお願いいたします。

三浦 胡桃
主務 三浦 胡桃

いつもWILD ROVERに多大なるご支援、ご声援をいただき誠にありがとうございます。 2022年度主務を務めさせていただきます、三浦胡桃と申します。 昨年度はコロナの不安が残る中でのシーズンの開催となりましたが、関係者皆様のご尽力、ご協力により無事終えられたことを心より感謝申し上げます。 今年度私たちは「Go through」をチームスローガンに掲げました。最高学年として常に満足することなく自分の言動に責任を持ち必ずやり通すことを誓います。 まだまだ未熟なチームではございますが、勝利という目標に向かって日々邁進して参ります。 今後ともご支援、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

About the WILD ROVER
チーム名「WILD ROVER」とは

WILD ROVERは、創立者 新島襄が密出国後上海からアメリカ ボストンまで乗船した船の名前。
1865年7月20日。一隻の船が、ボストンに到着する。
その10年後、1875年に山本覚馬とともに同志社英学校を開校する「新島襄」を乗せた船『WILD ROVER号』である。
新島襄は1843年、江戸の神田にあった上州安中藩板倉家江戸屋敷で、藩士の子として生まれた。幼名を七五三太(しめた)という。元服後、友人からアメリカの地図書を受け取り、アメリカの制度に触れ、アメリカに憧れを持つようになる。その後、幕府の軍艦操練所で洋学を学ぶ。ある日、アメリカ人宣教師が訳した漢訳聖書を手にし衝撃をうけ「福音が自由に教えられている国に行くこと」を決意。備中松山藩の洋式船「快風丸」に乗船していたこともあり、当時は禁止されていた海外渡航を思い立つ。1864年、アメリカ合衆国への渡航を画策し、再び「快風丸」に乗って開港地の箱館へと向かう。函館で坂本龍馬の従兄弟である沢辺琢磨や福士卯之吉の協力を得、1864年6月21歳の新島は、鎖国令を犯して米船ベルリン号で密出国を果たす。
上海でアメリカに向かうため乗り換えた船がWILD ROVER号である。(全長約57メートル、幅10メートル、マストが3本で重さは1100トン、ボストン・ハーディ商会の船)
WILD ROVER号への乗船が、その後のアメリカ生活を支え、フィリップスアカデミー、アマースト大学、アンドーヴァー神学校で教育を授け、さらに帰国後も支援をするA・ハーディー夫妻と出会いにつながる。 

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